田辺聖子のことを書いていたら思い出したので引用する。この一節、毎年春になるとどこかで引用している。
「この頃の時勢というようなものがどうだろうと真面目に生きることを望む人間は若いうちは年取ることばかり考えている。凡てが将来にあってその成果が解らないからやり切れないので従って子供だった間のこと、或は現に若くて凡てが将来にある状態は問題になるものでなくてエピクテトスを読んだ後でピアノを弾き、自分の考えが未熟であることの苦さを噛み締めるという風なことで時が過ぎて行く。これは未来のことは一切解らなくて過去とは自分から縁を切っていることでそうなれば現在も単に努力の形でしか存在せず、そういう幾何学の点も同様の生き方はただ若さがあってこそ挫折を免れているのである。併しそれが若さであるかどうか。それは生理の上では若さであっても精神がこの時代のようにそれ自体を締め付ける方向にばかり働いていることはなくてこれをもし一種の萎縮と見るならば精神の上ではその精神が老年の生理的な徴候を呈していることになる。誰がそういう経験が二度と繰り返したいか。
併しもしその苦い経験が十年、二十年と続いた後で精神が漸く融通が利くようになり、もう後を振り返ることを恐れず未来にも或る揺がない自信を持って眼を向けることが出来ることになればそれが若さであって体の多少の衰えを補って余りあり、そう見るならば自分も若くなっていることを民子はその朝その庭に立って感じた。それで子供の頃にもそれに似た気持になったことがあるのを思い出した。まだこうしてはいられないという考えに取り憑かれたりする前で人間はそういう考えに悩まされる辺りから大人になる方向に歩き出すものらしい。そして人に強いられもしない苦労を散々した後で今度は人に揉まれて苦労をしてそれでもとの子供の状態に戻るのならばその間のことにどれだけの意味があるのだろうか。併しもし今の自分が子供であるならばそれは子供が知らないことを知って子供がしないことをして一人立ちして行けるようになった子供で大人の保護がもう必要でなくなった子供よりも完全な子供であり、それで漸く若くなった民子は若い頃に考えなかった形で大人になったのでもあった。」(「本当のような話」筆者:吉田健一、発行者:野間佐和子、発行所:講談社、講談社文芸文庫版より引用)
昔じゃがたらというバンドがあって、もううろ覚えなのだけど、その歌の歌詞に「回って回って回って皆子供に帰っていく」というようなのがあった。江戸アケミの認識は最初から正しかったな。
一番好きな恋愛小説を1冊紹介してください。
1冊じゃないけど、三部作だから3冊。「言い寄る」「私的生活」「苺をつぶしながら」(いずれも田辺聖子)。昨日アマゾンから注文していた古本が届いたところだったけど、新しく刷られてたんだ。いいことだ。また可憐な装丁だね。ハンカチみたいな柄なの。
この3冊を初めて読んだのは25年以上前のまだ高校生だった頃で、かねてから田辺聖子さんは好きだったが、「うかうか生きてしもて」というようなハイミスや、中年男の切ない話が多いと思っていたので、この3冊を読んだときはそれなりに驚いた。関西の桁外れの金持ちとか、働いて自立して暮すのはもちろん、じつに自由に人生を楽しむ大人の女性の世界が出てくるので、東京の子どもには「ちょっとちょっと、結婚する気も無いのにすぐ寝ちゃうなんて、外国映画じゃあるまいし」と思ったものです。でも不思議と薄汚い感じはないのがすごいと思っていた。
その後ずっと読む機会がなかったのだが、先日不意に本屋で読み返したいなあと思っていた「文車日記」を発見し買って読んだら、大人になった自分の感想を発見して本当に驚いた。古典文学にまつわる随筆集でこれだから、きっと小説はもっと目からウロコに違いないと思ってその日じゅうにアマゾンで古本を3冊注文した。
いや驚きましたね。30年以上前に書かれたのに古びたところが少しもない、まことに優れた恋愛小説だから、というのはもちろんなのだが、この小説に出てくるライフスタイルに、違和感を持たなくなっている自分に驚いた。残念ながら「華麗なる一族」を思わせる関西の桁外れの金持ちとはいまだに縁もゆかりもないけれど、主人公の女性の暮し方やものの感じ方が、とても自然に感じられる。あれほど、こんな大人の女性の生活ムリムリ、と思っていた子どもの自分が、すきな男とすぐ寝た、っておかしかないなと思っている自分になっている。作者田辺聖子は人生についてそうとう残酷な認識を主人公に語らせるのだが、それが薄汚れた陰惨な感じにならないのが不思議だなあと思っていたけど、多少は自分もその残酷な認識を共有できるようになっている。死ぬまで大切にしたいし、多くの人に読んでほしい恋愛小説です。
うわ、年度末に難しいお題だ。なんだろう、幸福すぎると必ずあざなえる縄の如し、ではないが、その後しっぺ返しや下り坂がくるし、だから超幸福なことを考えるとは、悲しいことを考えることになってしまう。
さんざん考えて「夜の待ち合わせ」。今から飲みに行こうって時向こうからやって来る人の顔。いつも幸福。
有事に備えて節約して、できれば貯金。あと体力作り。おもしろくもなんともない回答だが、有事は国家的有事ばかりとは限らないことを実感したので。
人にはない。物にはしょっちゅう。手に入る範疇なら買うようにしている。さっきも見事な竹細工の携帯茶道具籠に一目惚れしたが、「籠だけで15万円」と聞き笑ってしまった。しかしすぐそばに職人さんであるご主人がいらっしゃいまして、この方が手を動かして作ったのだと思うと、そりゃ高くつくとしょう然とした。