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早く見たい。毎日バカみたいに予告編見てる。埋め込み出来ないんだもん。子どもの頃「ナルニア国ものがたり」や「指輪物語」「チョコレート工場の秘密」「かいじゅうたちのいるところ」が映画になるなんて、全く1ミリも思ってなかった。あと映画になってないお話というと「トムは真夜中の庭で」と「クローディアの秘密」「チポリーノの冒険」でしょうか。…小粒だな。
これもやっとこ見た。毎度のことながらクリント・イーストウッドの映画って、寺尾聰が「おそろしくよくできた」と形容しそうなんだが、どうにも受け入れられないところがあって苦しくて文句言いたくなるのだが、映画は「おそろしくよくできた」ものなので、文句も言えず、落ち込んでしまう。しかしこの映画は、その受け入れ難さの度合いが低かった。実話に基づくという内容それ自体は、おそらく彼の作品の中でも最強の厳しさだが、映画として見てなんとか受容できたのだから、イーストウッド映画の受け入れ難さの度合いとしては、相当低いことになる。アンジェリーナ・ジョリーは素晴らしかった。
原題の「changeling」とは「取替え子《こっそり他の赤ん坊に取り替えられた子供》;《神隠しの》取替え子(=elf child)《さらった子の代わりに妖精たちが残す醜い子》;小さくて醜い人」(研究社「リーダース英和辞典第2版」より)とある。たとえば「今昔物語 巻三十『大和ノ国ノ人、人ノ娘ヲ得タルコト、第六』」のように、古典文学から昼ドラに至るまで、赤ん坊が取り替えられたことによって起こるドラマ、というものは日本でもポピュラーなプロットだが、「取替え子」という言葉は広辞苑にはない。それってつまり、日本では古来、取り替えられた子をわが子として受け入れ慈しんで育て、その結果色々ドラマが、ということが多かった、ゆえに、取替え子=わが子と到底認められない醜い子、という定義が根付かなかった、ということだろうか。アンジー演じる母親は人生をかけて本物のわが子を探したし、その気持は当然だが、しかし仮に、しだいに母親と取替え子の間に、何か愛惜に近い感情が互いに湧いたとしたら。それもまた一局の将棋だったろう。ではなくて一編の映画だったろう。しかし当然イーストウッド翁はそのような映画は制作しない。
ちなみに「-ling」とは何かというと、「(1)[名詞に付ける指小辞で,しばしば軽蔑的な意味を伴う]: duckling, princeling. (2)[名詞・形容詞・副詞につけて]「…に属する[関係ある]人[もの]の意: nursling; darling; underling.」(研究社「リーダース英和辞典第2版」より)、ということで、やはり元のものより一段低い概念のような感じですね。
9・13 訂正:「イーストウッド爺」から「イーストウッド翁」に直した。まあじいさんではあるのだが。
毎回気の利いたことが書けないが、一人でも多くの人に見てほしいので、しつこいがまた書く。ここで繰り返し紹介している映画「リリア 4-ever」の再放送が決定した。「Antichrist」の次が「リリア」の記事だと、われながらどんな趣味嗜好かと思うが、仕方ない。
この映画の原始的なつらさといったら、70年代西ドイツで見た教育的TV映画(オムニバス)で、「避妊しないとどんな悲劇が起こるか」をティーンエイジャーから中年女性の場合までしつこく映像化していたのを思い出す。当時はどうも開放的になる夏前に毎年放送していたくさいが、子ども心に本当に何かとてつもなく恐ろしいことが起きるのだと夜眠れない程怖かった。その後帰国して「ウィークエンダー」で見たシンナー中毒の再現ビデオも恐怖にかられた。「火垂るの墓」並みのつらさ怖さだ。子どもには「スタンド・バイ・ミー」とセットで「リリア」を見てほしい。そしてもちろん、これは教育映画ではないので、子ども以外のなるべく多くの人にも見てほしい。
あっ! やっぱりウィルのお兄さんはジョン・キューザックだったのだ。
その全作品を見ている数少ない同じ時代を生きている映画監督、ラース・フォン・トリアーの新作「Antichrist」(原題)を見る機会に恵まれた。試写の時点では日本配給先が未決定なので、内容について詳細に書くのは止めておくが、誰かにこの内容を伝えたくて二、三日苦しかった。「あのねあのねこんな映画見たの! すっごい良かったから見てみて!」ではなく、何か嫌なもの・禍々しいものを見てしまったとき、そのことを誰かに吐き出してラクになりたくなることがあると思うが、そういう気持だった。かといってこの映画が嫌いかというと、そうではないから厄介だ。結果、二人の人にこの映画の話をしてすっとした。
ラース・フォン・トリアーはいつになったら大人になるのか? どこまで女を虐めたいのか? 出演者や観客をどこまで試せば気が済むのか? と半ば嘲笑されているが、自分も全くその通りだと思う。ここまで子どもでい続けることは難しい。給食によだれを垂らしたり、友だちの人形に呪いの呪文を書きなぐったりするイタズラがどんどんエスカレートしていくような子どもが、映画という手段を得たら、勝手なルールを作って仲間に強要しては、自分はあっという間に飽きて全然別のことをし始めたり、映画の画面によだれを垂らしたり、出演者に呪いの呪文を書きなぐったり、するだろう。出演者や観客を信用しきっているというか、何をしても受け入れてもらえると思っているように思う。だから実は怖くないし、酷い話でもなんだかおかしくなってしまうことさえある。映画を見ているだけなのに、終始怖い先生に説教されてるような気がして重苦しい、ミヒャエル・ハネケの映画とは対極にある。とはいえ、生理的好き嫌いは分かれる作品だろう。内容を本当に一言でいうなら「奇跡の海」の鏡像です。主演のシャルロット・ゲンズブールとウィレム・デフォーは、パティ・スミスとロバート・メイプルソープみたいにも見えるよ。
「バーダー・マインホフ 理想の果てに」を見た。戦後ドイツ最大のタブー映画化、ドイツ映画界の人材総結集と喧伝され、実際アカデミー賞外国語映画賞にもノミネートされているという力作だった。ドイツ人の容赦なさ、マイン・完膚なき徹底的なところが映画に顕れている。
驚いたことに、挫折した結末を知りながら見るからではなく、映像による記憶の喚起と、風景が変わらない事実への戦慄に涙が出てきた。まず、挿入されるニュース映像を見ては、すっかり忘れていた記憶が鮮明によみがえり、泣けた。そして、去年ドイツを訪れた際にも驚いたことだが、実際の事件が起こった建物で多くの撮影を行っているらしいが、その建物や町並みがほぼ当時のまま残っていて撮影に使えたという事実に戦慄して涙がとまらなくなった。上映会場であんなに泣いている観客は自分だけだったろうで恥ずかしかった。
バーダー=マインホフ、RAFは、子ども時代の記憶と密接に結び付いている。恐ろしいが、どこか英雄的にも見えた。この映画を見て自分も初めて知ったことがいくつもあったくらいだし、ドイツ赤軍のことを知らないと正直半分以上分からないかもしれないが、「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」を見た人にはもちろん、若い人におすすめしたい。しかしドイツ人とにかくガタイがいい。あと、こんなに"Schwein"とか"ganz klar"という単語を聞いたのも久しぶりだ。
今、使っている目覚まし時計の音はどんな音ですか?その音を選択した理由も教えてください。
①映画「メリーに首ったけ」のエンディングテーマである「恋のキンポウゲ(Build Me Up, Buttercup)」。携帯着メロをアラームにしている。理由はもちろんメリーに首ったけ、というかこのエンディングが大好きだから。「時をかける少女」(実写版)のエンディングと同じパターンで、こういうのに弱いのだ。②同じく携帯着メロで「ピアノ協奏曲第二番」ラフマニノフ。これは同じく映画「逢びき」で使われていた。これは映画というよりこの曲が好きだから。それでも起きないときは③携帯着メロで「必殺!」。これは藤田まことが好きだから。マカロニウエスタンですね。
まあたいがい「メリ首」で起きる。
恵比寿の写真美術館に「ウォー・ダンス/響け僕らの鼓動」というドキュメンタリー映画を見に行ってきた。内戦で避難民キャンプに暮らすウガンダ北部の子どもたちが、首都で開催される全国音楽大会に出場し、優勝を目指すという内容なのだが、引きずり込まれた。子どもたちを誘拐し、兵士に仕立て上げるという事実は見聞きしていたけれども、実際に少年兵だった過去を告白する場面など、だまって見ているのがつらくて叫びたかったし、そんな子どもたちが音楽に打ち込む場面は、じっと見ているだけじゃなくて自分も踊ってみたくなった。子どもたちの描き方に賛否両論があるようだが、この映画はこの通りでいいと思った。生まれた環境で、生きることがこんなに違っていいのだろうか。帰り恵比寿ガーデンプレイスのクリスマスイルミネーションを見ながら、やっぱりわーっと叫びたくなってしまった。ぜひ大勢の人に見てほしい映画だ。
32歳だった。55→27→58→32歳と本当に乱高下。
「くりーかえすー、くりかえすー」は「愛のさざなみ」で、自分が聞いたことがあるのは悪いことにやっぱりサザン(というか原由子さん)だった。三浦理恵子バージョン、いっそ島倉千代子バージョンをぜひ聞いてみたい。
夜はレイビさんにもらったイカリングフライを揚げた。家で揚げ物をしたのは何年ぶりだろうか。超うまかった。レイビさん、いつもありがとうございます。
朝は「博士の異常な愛情」夜は「シャイニング」を見た。博士は数年ぶり、シャイニングは公開当時以来。とにかく怖くて、この後ロードショーでホラーを見なくなってしまったくらい怖かった。ダイアン・アーバスとか、スティーヴン・キングはこの映画で知ったし、エイフェックス・ツインも初めてジャケを見たとき、あれ?シャイニング?と思ったくらいだし、何しろ悪夢といえば大きなホテルやショッピングモールを走り回るという自分にとっては、「シャイニング」はこまごまと決定的なのだった。しかしこの画像にあるのは短いいわゆるコンチネンタル・バージョンなので要注意。